コラム「伸縮自在」
 第11回

古楽の楽しみ(南欧カタルーニャより)

 プラハからの4回にわたる便り(自慢話という説もある)に続いて,今度は南欧・スペイン東部カタルーニャの首都バルセロナからお届けしたい.

 個人的なことで恐縮であるが,私はトロンボーン吹きである.もちろんこの楽器は大好きで,すでに吹き初めて25年を過ぎた.この楽器をやっていると一つ大きな問題がある.それは演奏する曲のことである.私はトロンボーン吹きとしては珍しく,その25年間のほとんどはいわゆるオケをその活動の中心としてきた.吹奏楽もやったことはあるが,他の金管奏者と比べれば経験は短いと言えよう.ジャズもやっているが,その話はまたいずれ.そこで困るのは,例えばベートーヴェンやモーツァルト,ハイドンなど古典と言われる辺りの音楽には出番がほとんどないということである.それはオケについてだけでなく,室内楽といわれる分野に手を出そうとしても,現在ポピュラーな金管5重奏は歴史の浅い編成で,そのためのオリジナルの曲もまだそれほど多くない.また吹奏楽の関係者に人気があるため,編曲ものにしても民謡やポップスものに偏る傾向がある.

 しかし実はトロンボーンにはもう一つ別の楽しみがある.それは古楽である.

 ぼろが出るので詳細には書かないが,16世紀頃にはトロンボーンは楽器として確乎たる位置を確保していたと言われている.実際,西洋音楽はキリスト教におけるミサと共に大きな発達を遂げてきた.そのミサに欠くことの出来ない音楽,賛美歌などは通常はオルガンの伴奏で歌われる.しかしオルガンは程度は色々あるとは言え,大きな装置である.もちろん費用もかかったであろう.そのようなときの伴奏楽器としてまずギター,場合によってはハープの類という,主としてコードによる伴奏楽器,そして合唱の支えとなるべき旋律楽器の一つとしてこのトロンボーンが使われた.もちろん1本だけではなくて複数の,また現在のようにテナー・バスの声域だけでなく,アルトやソプラノの音域までもカバーされていた.そのための楽器としてアルト・トロンボーン(これは今でもオケで時々使うことがある)やソプラノ・トロンボーン(よくスライド・トランペットと呼ばれるが,あまり賛成できない)という楽器もあった.そのころの楽器は今のものより管径が細く,そういうものをサクブットと呼んで近代のもの区別することが多い.しかしそうしたものと現在のものに共通なのは,スライドの構造である.一見管が伸び縮みするように見えるこの構造こそがトロンボーンのアイデンティティである(といいながら,バルブトロンボーンなどというものもあるのだが).そのため,早い時代から半音階の演奏が可能であり,ピストンやロータリーバルブの登場まで,その活動範囲が狭かったトランペットやホルンなどよりも重要視された.こうした楽器のための曲は,16世紀から18世紀頃までたくさん作曲された.今でもよく演奏される作曲家といえば,たとえば16世紀末のイタリアの作曲家G.ガブリエリは金管奏者なら名前ぐらいは聴いたことぐらいはあるだろう.G.ガブリエリは教会音楽としてだけでなく,世俗歌曲もたくさん書いた人で(もっともそれらの境がどこにあったのかについては何とも言えないが),音量の指示「p,f」や,演奏すべき楽器の指定を初めて明確に行ったということで音楽史上に名を残す人である.

 さらにここで一つ問題が生じる.それは,こうした曲を演奏する上で,どういう楽器を用いるべきかということである.特に管楽器は年を追う事に「進化」していると言われている.だから新しい楽器で演奏した方が「いい」という人もいる.一方で,絶滅してしまったといわれる楽器,たとえばヴィオラ・ダ・ガンバのような楽器には,固有の魅力がある.だからこうしたものに合わせて,オリジナルなもの,またはそれを復元したいわゆる「古楽器」を用いるべきである,という意見もある.

 近年は学問的な考証がすすみ,バロック,ルネッサンス,中世の音楽について,こうした「古楽器」「オリジナル楽器」「復元楽器」による,「作曲当時のスタイル」による演奏,いわゆる「古楽」がポピュラーになっているようだ.友人の古楽の専門家によれば,ヨーロッパで現在新しく発売されるCDの4割はこうした古楽器による演奏だという.日本ではまだまだなじみが薄いかも知れないが,流行としてはそういう傾向らしい.実際,このバルセロナのCDショップでは古楽の専門の売り場が大々的に展開されていて,新しいものが次々と発売されている.またこの街には古楽界の巨匠の1人,ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の J.Savall がいる.ここ,バルセロナで彼が率いる楽団の演奏会に行ってみたが,大きなホールに1000人以上のお客さんに簡単に足を運ばせるほどの人気だった.

 古い時代には,管楽器だけでなく弦楽器でも色々と現代の楽器とは違うようだ.当時はヴァイオリン族よりもヴィオール族の方がポピュラーだったようだが,それだけでなく,今とは色々な点で奏法も違っていたらしい.ねじ回しで弓を強く張る技術が未熟で,張りの弱い弓を使っていたらしく,だから重音が演奏しやすかった,という話をきいたことがある.音程も A=440Hz だけでなく,地域によっては415Hzだったり394Hzだったり,色々だったそうだ.音階も,まだ平均律はその濁った響きが嫌われてか,普及しておらず,色々な音律があったそうで,そうした研究も進められている.古楽の奏者はそのレベルまで学んだ上で演奏をするので,一般に音程がとてもよく,和音がとても美しい.またヴィブラートは使わなかったようである.そんなこともあり,大人数でどうしても音程が濁ってしまう近代のオーケストラとはずいぶん違って,とても耳に新鮮である.

 ちなみに,その友人のおかげで,我が街岡山でも世界的にも評価の高い奏者たちの演奏を生で聴くことが出来る.財政上の都合により(?)あまり大きな編成というわけには行かないようだが.

 皆さんも是非古楽を聞いて見てください.好きになるかどうかは別として,その美しさはわかるでしょう.(バルセロナにて,Sobu)

 

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